空谷跫音 2
翌日。
一日の仕事を終えて夕餉も終わった三蔵は 自室に戻るとそこに悟空を認めて
「俺は出かけるが てめぇは俺がいなくても今夜はちゃんとここにいろ。」と
命令を出して金山寺を後にした。
向かう先はの営む煙草屋。
が継いだその煙草屋は雑貨店の役割もかねている。
大きい店ではないが 地域に溶け込んでいる店なので
閉じるわけには行かなかったのだろう。
夕方には店を閉じたのか入口のガラスの引き戸には
内側にカーテンが引かれていたが、
手をかけるとあっけないほど簡単にそれは開いた。
戸に付いた鈴の音に気付いたのか中から「只今参ります。」と声が聞こえて
店先にが出て来た。
三蔵を認めて少し意外そうな表情をしたが すぐに柔らかい笑みを浮かべると
「煙草が切れましたか?
いつものでよろしいんですよね、幾つ差し上げましょう?」と
煙草を並べてある棚へと向い三蔵の愛飲している銘柄に手を伸ばす。
「煙草は 帰る時に貰う。
まずは 婆様に線香をあげさして貰おうか。」
ここで 煙草をもらってしまっては帰るしかなくなるので、話の糸口として
亡き人を引き合いに出した。
「三蔵様に手を合わせてもらえるなんて 祖母も喜びます。
私と違って信心深い人でしたし 三蔵様が光明三蔵様から
位を譲り受けたと聞いたときも祖母は当然だと申しておりました。
じゃ お店を閉めますね。お帰りする時にはまた開けます。
お客さんが来て 邪魔されてもいけませんから・・・。」
はそう言って店の灯りを落とし鍵をかけると 三蔵を仏間に案内した。
型どおりに線香をあげ 合掌すると口に名号を
「南無観世音菩薩。」とだけのぼらせて礼拝を済ませて仏壇から振り返った。
そこには お茶と布施を用意したが同様に合掌して 座っていた。
「お経と説教は無しだ。」
そう言うと三蔵は 仏壇を背にする事を嫌うかのように 座を移動した。
は「ありがとうございました。」と丁寧に手を付いて礼をのべる。
「婆様には俺も世話になった。
使いに来るたびに文具なんかを貰った覚えがある。
話はかわるが悟空がえらく世話になっているらしいな。
知らなかったこととはいえ礼が遅くなった。
あいつのことだ来るなと言っても無駄だろうが来た時は頼む。」
そう言えばが三蔵の訪問をいぶかしく思うようなことがないのを、
何処かで計算していたのかもしれない。
やはり悟空の名が出たことでの体から緊張がなくなった事を三蔵は感じていた。
「祖母と両親を失ってこの店を営むことだけが今の私には大切なことなので、
悟空がときどき三蔵様のお留守に訪ねてくれる事を とても嬉しく思っています。
これからもお許し下さい。
それに 悟空が不定期に来てくれる事で、夜にいらっしゃる男性のお客様が減って
助かっているんです。
1人暮らしのせいか、どうしても緊張してしまうものですから・・・・。」
の話しに三蔵は眉間のしわを深くした。
「見合いの話があるんだそうだが、受けるのか?」
先日悟空が来たときに話を聞かれたのだろうと悟ったは首を横に振った。
「いいえ、お断りしました。」
「聞けば、恋人や将来を約束をしている男もいないそうだが・・・・、
好きな奴でもいるのか?」
は三蔵から視線を外して瞼を伏せた。
「それは 三蔵様には関わりのないことだと思いますが、
答えなければいけませんか?」
わずかに声が震えているような気がして、三蔵は次の言葉を躊躇した。
「昔、お師匠様が『誰かを愛するということは、己を強くする要因になる。』と
言われたが、あの頃の俺にはそれが分からなかった。
強くなった者は、愛する者を守るために更に強くなれる・・・・、
今なら 謎かけに思えた言葉も分かるような気がする。」
三蔵は自分を見ないを見ながら言った。
「でも 三蔵様は僧侶です、戒律がおありなのではないのですか?」
そう言ったの顎を捕らえて自分のほうに向かせると
三蔵との視線が絡み合った。
腰を引いて逃げようとするの身体を
空いている腕でそれ以上逃げられないように抱きとめて自分に引き寄せた。
「俺は 俺だ。
僧侶の前に、三蔵法師の前に、人であり男の俺だ。
人が人を愛して何が悪い?
愛などくだらないと言っていた俺を お師匠様は嘆いておられた。
つまり この気持ちは師匠の教えには反していない。
俺をもっと強くさせてくれるのは しかいない。
分かったか?」
紫水晶の瞳に見つめられて は動けなかった。
息がかかるほど三蔵の瞳が近づいて は瞼を閉じた。
「このまま・・・・・想うだけの幸せで満足するつもりでした。
家族がいない今 親や家や結婚に縛られなくてもいいのなら、
添えなくても 想いを交わせなくても ここでお傍にいるだけでいいと・・・・。」
閉じた瞼の端から溢れた涙が 流れ落ちてゆく。
三蔵はそれを唇を寄せて拭い取った。
「毎晩俺がいれば 男のお客におびえなくてもいいだろう。」
が頷いて答えると 三蔵は濡れた瞼にそっと口付けを落として
震えるの身体を抱きしめた。
「は俺の女になって 俺はお前の男にはなるが、
公には認められねぇ それでもいいか?」
今更とも思える質問だが 生半可な覚悟で踏み越えればが泣かなければならない。
だが そんな三蔵の心配をよそに「どちらにしても 一生独身なのです。
それならば 三蔵様を私の男にするほうを選びます。」
三蔵の腕の中でが 笑いを含んだ声で応えを返した。。
「確かにな。」
口角を上げてそれに答えると ようやくへの口付けを己に許す三蔵だった。
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キリ番67890 キリリクで遠野香桜様でした。
香桜様には リクエスト頂きありがとうございました。
BBSへのカキコと貴重なご意見を頂いたお礼として
管理人保有キリ番リク権を贈呈させて頂きました。
設定としては江流ドリ「メロンと生ハム」10年後として書いております。
よろしければ そちらもお読み下さい。
